History

2008-05-01 20:32 by daichi

コンパスポイントの歴史

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1.カシオン山にて

コンパスポイントは、遠く中東はシリアにある一つの山で始まりました。

数年前、当時青年海外協力隊として小沼大地(以下、ダイチ)が赴任していたシリアに、向江一将(以下、カズ)がアジア横断の旅の途中で立ち寄りました(当時のブログ)。大学のラクロス部の同期で、かつ、ともに卒業後すぐに就職するという道を選ばなかった二人は、首都ダマスカスにあるカシオン山という山の頂上で恐ろしく暑苦しい会話をした後、ビールを片手に誓いました。

「何かは分からないけど、帰ったら、日本で何かを一緒にやろう」

カシオン山

カシオン山



2.とある飲み会にて

ダイチがシリアから帰国して1年が経ったころ、カズが飲み会を招集しました。そこに集まったのは、桑名基典(以下、桑名)・中山慎太郎(以下、シンタ)・カズ・ダイチの4人。みんな部活の同期でした(部活のホームページ)。

「いつもとはちょっと違う、自分たちの将来について語り合えるような飲み会をしよう」

とかそんなことを最初は話していたものの、結局飲みまくって得意の下ネタを披露しあう4人。そして時間が経過し、ラストオーダーが過ぎて、店員さんに追い出される頃、ダイチが突如1つのアイデアを発表しました。

「熱い社会人の仲間同士が集まる、コンパスポイントっていう場所をつくらない?」

実は団体の名前まで決めた上での提案だったことに一同は大いに呆れながらも、そのアイデアには、みんな大いに興奮しました。社会人になってから、こういう熱い話をする機会がほとんどなかったのは、不自然なんじゃないか?こういう熱い語らいの場を、自分たち以外の人間も求めてるんじゃないのか?そんなことに気付き、一同は一気にヒートアップしました。その後も場所を2次会の会場に移し、このアイデアをどうすれば形にできるのか、酔っ払いながら真剣に話し合った気がします(あんまり記憶はないけど・・・)

この日が、2007年12月7日。「コンパスポイントの日」と、勝手に名付けました。

ラクロッサー


3.ブレイクスルー

それから数週間が経ち、再び4人は部活の忘年会で顔を会わせました。コンパスポイントの話は、結局あの後なにも進んでいませんでした。やっぱりこのまま立ち消えになってしまうんじゃないか…そんなムードが、確かに漂い始めていました。カズとシンタから気持ち悪い提案があったのは、そんな時でした。

「一緒に、住もう。そうすりゃきっと話す時間もできる」

そして、酒の勢いも手伝って、4人は一緒に暮らし始めることを決意します。なんというか、物事がどんどんと気持ち悪い方向に流れていくことに、4人はあまり気付いていませんでした。

こうして、男4人が一軒家での奇妙で暑苦しい共同生活をスタートしました。朝7時からのジョナサンでのミーティングが、恒例行事になりました。

compasshouse

4人が共同生活を送る家



4.始動!

「いよいよ記念すべき第1回の集まりをしよう!」

そんな調子のいいことは言うものの、一体誰がどんなことをすればいいのか、そんなことは誰も知りませんでした。決めていたのは、2つだけでした。1つは、それぞれが信頼できる仲間だけを増やしていくこと。そしてもう1つは、そんな仲間たちに紹介したい、自分が心から尊敬する人をゲストとして呼ぼうということでした。でも、それさえあれば何とかなると、変な自信だけは持っていた気がします。

初回は10人くらいでこじんまりと始まりました。でも、大きな大きな一歩だったと思います。

懐かしの第1回勉強会

懐かしの第1回勉強会



5.1年が経って…

それから、もう1年。試行錯誤の連続で、上手くいかないことも多かったです。でも、1年前に持っていた自信は間違っていなかったと、確信しています。気付けば、勉強会は10回も開催して、延べ200人以上の人が集まりました。夏には長野で合宿までしました。

お互いを信頼できる熱い仲間が集まって、どんどん仲良くなって、そこから本当に色々なことが生まれました。仲間たちが尊敬するゲストたちから話を聞くことで、とてつもない刺激を受けることができました。そして、情熱を持って挑戦する人の肩を押してあげることも、できました。数々の涙と感動が、生み出されました。

集合写真
やっと、何かが生み出せるような基盤が、完成したと思ってます。

信頼しあえる仲間たちがこれだけ集まれば、絶対に、何かオモシロいことができると信じています。これから何をできるかは、コンパスポイントに集う仲間たち次第です。

「オモシロキ コトモナキ世ヲ オモシロク」

そんなことを、コンパスポイントから、仕掛けていきたいですね。

2008年12月7日(コンパスポイントの日)

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2年目の軌跡

早いもので、コンパスポイントができてから2年もの月日が経ちます。2009年のコンパスポイントも、本当に色々なことがありました。ここに、コンパスポイントが2009年にチャレンジしたことや達成できたこと、はたまた悩んでいること、そんな試行錯誤の一部を書かせてください。

1.『深める会』の実施

「コンパスポイントのミッションは『若手社会人が胸に秘めた志をカタチに変えることのサポート』。でも、『志を胸に秘めた若手社会人』っていっても、人によってステージが違うんじゃないか?」

そんな問題意識から、2009年は『気づく・深める・カタチにする』の3つの段階に分けて、そのステージごとにプログラムをやっていくことを考えました。そんな過程で生まれたのが、『深める会』。

気づきを与える会として、1年目から続けてきたゲストを呼んでの勉強会を継続しつつ、メンバーの中からスピーカーを選んで語り合うという『深める会』の実施を決めたのです。

2009年は全部で3回実施して、コンパスポイントの仲間たちに想いのたけを語ってもらいました。まだまだ試行錯誤は続いているけれど、素晴らしい仲間が沢山いるコンパスポイント。やっぱりメンバーをより深く知り合おうという方向性は正解だったと思います。

深める会の模様

深める会の模様



2.プロボノという情熱のカタチ

「深める」の次のステージ、「カタチにする」段階でコンパスポイントは一体何ができるのか。その答えは、2009年最初の勉強会でTable For Twoの小暮さんをゲストに迎えたときのワークショップで、自ずと見つかりました。

ワークショップで参加メンバーが提案する、数々の素晴らしいアイデア。それを聴いて、真剣にメモを取り始める小暮さん。さらに、それを見て自分が手を動かしてそのアイデアを実現させたいと言う参加メンバーたち…。それはそれは、とてつもなく興奮する瞬間でした。

ゲストとして呼んだ方の団体に興味を持ったメンバーが、それぞれのスキルを生かしてプロジェクトベースでお手伝いをする。

この若手社会人のプロボノ(詳しくはプロジェクトのページへ)というのが、今年コンパスポイントが見つけた「カタチにする」の1つの答えでした。

この『カタチにする』というステージでは、事務局は後方支援をしているだけで、基本的にはメンバー主導でプロジェクトが進められています。メンバーたちの頑張りで、2010年にはコンパスポイントをキッカケにすごいことが産まれようとしています!

CP12のワークショップ

CP12ワークショップの模様



3.新しい事務局メンバー

2009年から新たに飯田智紀(いいとも)と小俣健三郎(おまけん)という強力なメンバーが事務局に加わりました。ともに、大学時代に学生団体の運営を経験したことのある強者です。去年からコンパスポイントに参加してくれて、その過程でこの団体に愛着を持ってもらい、事務局メンバーに手を挙げてくれました。

コンパスポイントは大学時代の部活の仲間4人という似通りすぎるくらいに似通った仲間で始めた団体でしたが、これで少しは事務局メンバーのバラエティーも増えたかなと思います。ただ、二人とも高校時代はラグビーに明け暮れた体育会系であるあたりは、本質的には似通っているのですが…

事務局メンバー@目黒Pampa

事務局スタッフ@目黒Pampa



4.素晴らしい仲間たち

今年は8回の勉強会を開催して、これで計18回の勉強回を開催したことになります。これまで参加してくれた人は延べ人数で約500人。別に規模の大きさを目指しているわけではないけれど、結構すごい数字じゃないかなぁと思ってます。また、独自に取っているアンケートでも、「大変満足している」と「満足している」という参加者の割合も90%と、とても高いレベルを維持出来ているのも、コンパスポイントの自慢です。

また、今年は多くのメンバーに勉強会の運営サイドに回って協力してもらいました。その過程でよりコンパスポイントに愛着を持ってもらえたら、幸いです。

CP10集合写真

CP集合写真



2010年も、まだまだコンパスポイントは進化していく所存です。とにもかくにも、これからもコンパスポイントをどうぞよろしくお願いします。一緒に、情熱を持つ全ての人が活躍できる世の中を創っていきましょう!

2009年12月7日 コンパスポイントの日